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2026年2月は、 4つのイベントを担当しました。 主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 ゲスト講師 大橋 禄郎先生 会場 ブティックアシダ銀座店 2月8日(日)、 「栄養士のための『食コーチング』輪読会」 主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 会場 影山なお子横浜中華街オフィス 2月9日(火)、 《日本と日本人が健康の理由。 ――「食コーチング」の視点から――》 主催 赤穂市民生委員児童委員協議会 講師 影山なお子 会場 赤穂市総合福祉会館 「食ジム」第149回 《追悼 大橋禄郎先生。 ――私たちは、Rockyを忘れない――》 座長 影山なお子 アドバイザー 大橋 禄郎先生 会場 横浜市技能文化会館 「スタンバイ・スマイル」では、 2月7日(土)に開催した、 「栄養士・健康支援者のための身だしなみセミナー」 《ぼてぼてしない ジャケットワーク》 から、順次、ご報告をいたします。 2008年9月にスタートした同企画の、 第1回から、ずっと、アドバイザーとして 私たちを見守ってくださっていた 大橋禄郎先生が、 この身だしなみセミナー開催の日に、 お亡くなりになりました。 この日の会場は、 銀座にある「ブティックアシダ銀座店」。 2010年から、ブティックアシダ店の ご協力もあって、 ホームグラウンドの横浜以外でも 年に1~2回、 銀座で身だしなみセミナーを開催しています。 会場に向かう電車の中で、 大橋先生の訃報が届きました。 前日、先生の病室に伺った際、 「先生、明日は、身だしなみセミナーの日。 がんばりますね。 先生が考えてくださった今回のテーマ、 《ぼてぼてしない ジャケットワーク》。 みんな楽しみにされていますよ」 と、お伝えしていました。 先生は、病室から帰る私に向かって、 ベッドの中から「がんばって」と、手を振ってくれました。 当日は、先生にも、銀座の様子を感じていただきたい……と、 メンバーの栄養士さんにご相談をして、 都内の病室と、アシダさんのブティックを、 オンラインで中継でできるように、 スタンバイしていました。 今年に入り、先生のご病状が思わしくないことから、 「先生の90歳のお誕生日を今年は早めに開催しましょう」と、 先生がいらしてくださる予定だったこの日に、 バースデーの準備もしていました。 当日の身だしなみセミナーは、 以下のように進行しました。 1.ごあいさつ 2.「ぼてぼてしないジャケットワーク」とは。 3.ジャケットのメッセージ性(12項目) (一部抜粋) ①知的な雰囲気が出る。 ②社会活動をしているという雰囲気を醸し出す。 ③姿勢、歩き方がよくなる。 ⑪コーディネート力がつく。 (イベントをする、人が集まる企画力がつく) ⑫生活や生き方に自信が持てる。 4.ファッションは、私たちに選択枝を与えてくれる。 「おしゃれの基本は、お金ではありません。 服をあなた自身、そしてあなたの人生にどう関連づけるかなのです」 ――「クレア・マッカ―デル」のファッション哲学より」―― 今回は、高市早苗首相が 「ここゾ!! 」 という場面で、お召しになっておられる、 ロイヤルブルーのジャケット&ワンピース ホワイトのジャケットなどなど多数、 この日のために、 アシダさんがご用意くださっていたので、 ご紹介させていただきました。 身をもって体験済みですが、 すでに今まで購入していたお洋服たちが、 首相もよくお召しになっておられることを知りました。 ジャケットのインナーには、 ノースリーブのワンピースやインナーを お召しになることが多いという共通点もうれしい発見でした。 「大橋先生がいらしたら、 どんなふうにおっしゃるかしら」 「大橋先生がいらしたら、 こんなふうにおっしゃったのでは?」 「大橋先生がお好きなお色でしたよね」 「今度の大橋先生のセミナーがあるとしたら、 このジャケットを着て伺いたい」 などなど、参加者全員が、大橋先生を感じながら、 この1日研修に臨んでくださっていました。 ランチは、先生がお好きだった、 沖縄のステーキ屋さん「ステーキ碧(へき)」銀座店で 「先生、来年2月の身だしなみセミナーは、 先生のお好きなステーキ屋さんでランチですよ」 と、お伝えしており、 先生も楽しみにしてくださっていました。 先生がお亡くなりになられる数日前……、 「銀座、行きたかったなぁ……」と、 おっしゃっておられたことを私たちは忘れません。 どこに出かけても、 大橋先生との思い出がたくさんあるので、 みんな、コトバを発するたびに、 涙、涙、涙……。 この日も、 ブティックアシダ銀座店のみなさまには たいへんお世話になりました。 ウェルカムドリンクの シャンパンからスイーツまで……。 アシダさんのみなさまも、 大橋先生にお目にかかれることを 楽しみになさっておられました。 大きな試着室で、 繰り返し、いろいろのジャケットに身をつつみ、 さっそうと着こなしておられる栄養士さんたち……。 洗練されたジャケットスタイルのみなさまに、 大橋先生、 満面の笑顔で、私たちに向かって 「イイネ~!! 」と、 おっしゃっておられたのではないかと思います。 先生ご不在の、 身だしなみセミナー1回目となった、 2026年2月7日(土)。 この先も、 栄養士・健康支援者の衣類から、 「健康な環境づくり、 健康なコミュニケーションづくり」に貢献できるよう これからも、この身だしなみセミナーを続けて参ります。 当日、「どうしても都合がつかない」という方から リクエストをいただき、 《ぼてぼてしない ジャケットワーク》の回は、 2月21日(土)午後2時から、 ブティックアシダ銀座店のご協力で 再度、開催することになりました。 ご参加ご希望の方は、 どなたでも歓迎します。
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by palmarosaK
| 2026-02-18 11:13
| 身だしなみ
2026年2月7日(土)から3月29日までに開催予定の研修会、 イベントのご案内を以下にお示しさせていただきました。 ご参加ご希望の方は、お尋ねください。 詳細は、追って、お送りさせていただきます。 new!! ・2026年2月7日(土) 《栄養士のための身だしなみセミナー》 テーマ 「ぼてぼてしない、ジャケットワーク」 主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 ゲスト講師 大橋禄郎先生 時間 11時30分~16時30分頃を予定 ・2026年2月8日(日) 『食コーチング』輪読会 主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 時間 11時30分~16時30分 会場 影山なお子 横浜中華街オフィス new!! ・2月10日(日) 《日本と日本人が健康の理由。 ――「食コーチング」の視点から――》 主催 赤穂市民生委員児童委員・地域福祉推進委員 講師 影山なお子 時間 10時15分~11時15分 会場 赤穂市総合福祉会館 new!! ・2月14日(土) 《栄養士のための韓国語講座 2026》 主催 パルマローザ 講師 ユ・イェイル先生 時間 11時~12時30分 会場 横浜韓国語スクール new!! ・2月15日(日) 「食ジム」 《大橋禄郎先生追悼 「食ジム」》 主催 食コーチングプログラムス 座長 影山なお子 時間 11時~18時 アンコール企画!! ・2026年2月21日(土) 《栄養士のための身だしなみセミナー》 テーマ 「ぼてぼてしない、ジャケットワーク」 主催 食コーチングプログラムス new! ・3月1日(日) 《遠距離在住者のための文章教室》↓ 《追悼 大橋禄郎先生へ感謝の会に変更》 主催 ロッコム文章・編集塾 塾生 会場 新宿 ・3月7日(土) 《私のライフデザイン 過去、現在、未来 ――私の5年後、10年後――》 主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 時間 11時30分~17時 内容 昨年11月、今年1月にも開催した研修会です。 栄養士としてのご自身の現在、未来に向けての ご提案をさせていただきます。 どなたでもご参加いただけます。 会場 横浜中華街 影山オフィス new!! ・3月8日(日) 《栄養士のための話し方セミナー》 主催 パルマローザ 講師 渡辺 由佳先生 (テレビ朝日 元アナウンサー) 時間 13時30分~16時 内容 栄養士・健康支援者として、 ご自身の話し方をさらに魅力的にスキルアップしませんか。 渡辺先生が、あなたの発音をしっかりチェックしてくださいます。 会場 横浜中華街 影山オフィス new!! ・3月14日(土) 《栄養士のための韓国語講座 2026》 主催 パルマローザ 講師 ユ・イェイル先生 時間 11時~12時30分 会場 横浜韓国語スクール new!! ・3月15日(日) 「食ジム」 《「健康のカタチ」を態度や行動で示すための アクションプラン》 主催 食コーチングプログラムス 座長 加納 陽子さん 時間 11時~18時 会場 かながわ労働プラザ new!! ・3月22日(日) 《栄養士のための映画研究会》 映画『ひめゆり』 主催 食コーチングプログラムス 時間 13時~16時30分 開場 12時~ 会場 横浜市健康総合福祉センター
![]() ![]() ![]() new!! ・3月29日(日) 《日本と日本人が健康の理由。 ――「食コーチング」の視点から――》 主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 時間 11時30分~16時30分 内容 兵庫県赤穂市で講演した内容を、 健康支援者バージョンにして お伝えする予定です。 ご参加ご希望の方は、お尋ねください。 #
by palmarosaK
| 2026-01-30 01:02
| スケジュール
2026年1月10日(土)~11日(日)は、 横浜で2つのイベントを開催しました。 1月10日(土)は、 栄養士・健康支援者ネットワーク・ 《パルマローザ》主催の恒例の新春セミナー。 テーマは、 《「ヘルスコミュニケーション力」で支える ハッピー人生》 講師 大橋 禄郎先生 会場 かながわ労働プラザ 1月11日(日)は、 「食ジム」第148回 《お正月が日本人の心身の健康をどう支えているのか》 主催 食コーチングプログラムス 座長 米澤 須美さん アドバイザー 大橋 禄郎先生 会場 横浜市技能文化会館 2026年新春セミナーのことは、 大橋禄郎先生のブログ「ロッキー・ロード」にも お示しくださっているので、 私のブログ・「スタンバイ・スマイル」では、 「食ジム」について、 ご報告させていただきます。 今回の「食ジム」で、 座長を担当くださった米澤須美さんは、 以下の内容で進めてくださいました。 1.子どもの頃のお正月の過ごし方あれこれ。 習慣になっていたこと、楽しかった思い出―― 食、遊び、初詣、身だしなみ、訪問、来客、あいさつ回り……。 2.お正月の迎え方(大掃除、お飾り、買い物など)、 昔と今の過ごし方――ここが、こう変わった。 3.年賀状の私の流儀。 SNSなど電子媒体でのあいさつや、「年賀状じまい」 などをどう考える? 4.お正月をはじめとする日本の年中行事が 日本人の健康をどう支えているのだろうか。 「お正月」は、誰もが毎年体験することですが、 何百年も続く年中行事なので、 改めて振り返ったり、 ましてや、 大勢でのディスカッションのテーマにしたりすることは そうそうないのではないでしょうか。 さて、オープニングは、 子どもの頃を思い出しながら、 その体験やご感想を語るというコーナーから。 まだお正月気分もある時期ゆえに、 温かい雰囲気に包まれてスタートしました。 ■みなさんのご発言……。 ・親戚一同が集まって子どもも大人も、 お金をかけて「花札」をして遊んだ。 ・親戚の子どもたちと、「人生ゲーム」をして楽しんだ。 ・手巻き寿司をいただく習慣があった。 黒豆は、おばあちゃんがつくってくれた。 ・”おとそ”を口をつける程度いただいた思い出が……。 ・実家が自営業だったので、お年始まわりに親といっしょに……。 ・杵(きね)で餅つきをした。 ・元旦から「怒られないように」注意して過ごした。 (お正月の体験は、よくも悪くもその年に繰り返される、 と考えられていましたね) ・数の子が大好きだった……。 ・なぜかわが家のお正月は、「赤玉ポートワイン」。 ・いとこたちと、 "ゲリラカイト”や“すごろく”"福笑い”をして楽しんだ。 ・実家の父は、自ら"わら”を編んでしめ縄を作っていた。 ・"塗り”の器で、いただいた。 ・"七草がゆ”の"七草”は、買うものではなく、 わが家では、自分で探していただくもの。 ・八坂神社で初詣。 大人数だったこともあり、お年玉がうれしかった。 ・おじいちゃんが先生になって「書き初め」をした。 ・母の実家が「餅屋」だったので、おいしい餅をいただいた。 ・正月といえば"削り節” ・新潟県・村上の「鮭」を使ったお雑煮をいただいた。 ・「さんま寿司」がおいしかったという記憶が……。 ・親戚の子の家に行くと、わが家にはない漫画がたくさんあった。 そこで、『りぼん』という少女雑誌と出会った。 ・父の実家でおせち調理をいただいた。 ・元旦は、"蟹”を食べる風習が。 ・大晦日に"ごちそう”をいただく風習が。 ・雑煮は、すまし汁。昆布巻きは"にしん”(北海道がご実家の方) ・関西出身だが、雑煮は、1日目は、白味噌仕立て。 2日目は、すまし汁仕立て。 ・石川県金沢の鏡餅は、紅白。 (全国的には、白が多い) ・実家がお寺のため、 23時30分を過ぎたら、近所の人たちが集まってきた。 (除夜の鐘をつきに) 元旦の朝は、一家で記念写真。 ・会社関係の方がたくさんわが家にいらした。 大橋先生の子ども時代の思い出は、 お兄様からいただいた「日記」を覚えているとのこと。 これが、のちに28年間続くことになる日記習慣がスタート。 また、お年玉で初めて買ったのが「カメラ」だったとか。 これも70年を越えるカメラ歴の始まり……。 進行プロット「1番」の項目では、 幼いころの記憶の糸をたぐり寄せながら お話しすることになるため、 1人が話すと、その「糸」が、 記憶の彼方までたどり着くことになるのでしょう。 場がおおいに盛り上がりました。 「2番」の項目では、 こんな発表された方がいらっしゃいました。 ・お正月飾り(しめ飾り)をしている車を見かけなくなった。 ・以前は、スキー場で正月三が日を過ごしていたが今は……。 ・昔は、実家に出かけていたけれど、 実家が遠くにあること、母が高齢になったこと、 子どもたちに家庭ができ、孫が生まれたこともあり、 正月三が日は、わが家で過ごすことが多くなった。 ・鏡餅は、以前は、餅屋さんや和菓子屋さんで購入していたが、 今はスーパーで購入。 ・「門松」を飾る家が少なくなったように感じる。 ・「大掃除」という風習をしなくなったように感じる。 毎日、ちょっとずつ掃除をしていればよいという現代の考え。 ・おばあちゃんやおじいちゃんが亡くなると、 親戚も集まらなくなった。 ・「おせち料理は家族が食べないから」などという理由で、 その風習がなくなったという家も……。 「3番」の項目「年賀状の私の流儀」では、 「年賀状じまい」をどう考える? という話題で盛り上がりました。 今までも、大橋先生から学んでいることですが 私たち栄養士サークルは、 全員が「年賀状をお出しする」という流派。 それが義務ではなく、 自分にとってそれが心地よいから……という理由で。 ある参加者は、こうおっしゃっていました。 「いまは、小学生の子どもたちの住所録なども 学校ではつくりませんから、 仲の良い子どもたち同士でも、 お互いの住所は知らない時代です。 だからでしょうか。 パルマローザのみなさまからいただく 年賀状が子どもたちにとって新鮮なようなんです」 確かに、お年賀状をお出しすると、 ラインで、お返事をくださる方が多くなりました。 また、私にも、 「年賀状じまい」の挨拶文がくるようにもなりました。 最近では、 印刷業者さんの例文にも、 年賀状じまいの文面を見かけるようになったほど、 このスタイルは、定番化したようにも思います。 それでも、興味深いご意見があがりました。 「数年前、年賀状じまいのご挨拶をくださった方が 私の年賀状にお返事をくださったんです。 そこから、いまも、年賀状のやりとりが続いています」 「私も、そんな体験をしました」 という方も多くいらっしゃいました。 もしかしたら 「年賀状じまいをした」 ということを、お忘れになっているのか あるいは、 年賀状をいただいたら、 「返事を書きたくなった」のか……。 いずれも、「1年に1回のごあいさつ」が その後も、続いているという方も少なくないように お見受けしました。 また、こういうご意見も出ました。 「『年賀状じまい』をなさったからといって こちらが出してはいけないというルールはないのですから 私は、出し続けています」と。 この「食ジム」の"頭の体操”効果の1つ。 誰かにあてて書く手紙は、 確かに、時間もかかって 「大変」と思うときはあるけれど、 それでも、 その人に向けてメッセージをお送りするというスタイルは、 自身も、相手の人の健康度も向上させることになる、と、 あらためて一同実感したことと思います。 「4番」の項目では、 あらためて、 《お正月をはじめとする 日本の年中行事が日本人の健康をどう支えているか》を みなさまで話し合いました。 高齢者施設で働いておられる栄養士さんは、 「『行事食』をきっかけに、 入居者の方が『昔の話で盛り上がる』 ことが多い」とおっしゃっていました。 年中行事は、非日常のイベントであるからこそ、 体験された方は、いまも、 その記憶しっかり覚えておられるというお話に 納得しました。 私事ではありますが、母を見ていると、 (現在、都内で1人暮らしの80代) 「年賀状は、今年はどういうふうにしよう」とか、 「年末は、おせち料理に使う"イカ”を、 今年も上野まで買いに行かなくては。 沖縄の"イカ”は、近くでは、あそこでしか手に入らないから」とかと、 年中行事のイベントが、 母の行動をアクティブにしているように感じます。 「何もしなくていい」 「あなたらしくしていればいい」と、 母に囁くようになったら、 1日で母の健康度は急降下することでしょう。 大橋先生は、 「SNSでみんなが『書く』といっていることは、 その実態は、『メールでしゃべっている』」ということ」と、 断言されます。 前日に開催した新春セミナーでは、 大橋先生が、 『ヘルスコミュニケーション力」向上に関する アクションプラン30項目をあげてくださいました。 (健康にプラスに働くコミュニケーション) 【身だしなみ】【会話週間】 【読む習慣/読書週間】【書く習慣】 という大きな4項目の中に、それぞれのアクションプランが 合計30項目!! 健康にプラスに働く【書く習慣 】 として、先生が示してくださっている9項目のうち、 3項目を抜粋させていただきます。 (1)2026年度の年賀状を20通以上出した。 (2)2026年度の年賀状を20通以上、受け取った。 (3)1か月に1通以上のハガキ、手紙を書く習慣がある。 大橋先生から学ばせていただき 20年以上が過ぎました。 上記、(1)も(2)も(3)も 楽しくクリアできているのも、 学ばせていただいているからだと思っています。 人は、世間の風潮に自分の考えを合わせようとしたり、 なんとなく迎合したくなったりするもの。 「私たちは健康支援者」であり、「栄養士」であること。 書くことでも、人々の健康にお役にたてること。 保育園、幼稚園、学校、病院、高齢者施設などでも、 お正月のイベントは恒例行事。 私の勤務している小学校でも、 新春から「福笑い」、そして ペーパークラフトを使った「おせち料理」づくりで 大いに盛り上がっていました。 病院や施設、給食関係では、 「行事食」をおだしすることで、 入院患者、入居なさっている方々から とても喜んでいただいているという実績があります。 私個人としては、 2006年から、自宅で「おせち料理教室」を開催しています。 「おせち料理」の伝統を引き継ぐという重責を持って おこなっているというよりは、 「楽しく、おいしく」続けられればいいな……と思って 続けています。 今回の「食ジム」は、 座長歴 12回の米澤須美さんが ご担当くださいました。 名座長がご担当くださったことで、 1項目ずつのみなさまからの発表が長くなり、 これも、座長がみなさまの潜在的なご発言を 引き出されたからではないかと確信しています。 前日の新春セミナーから2日間連続で ご登壇いただいた大橋禄郎先生。 1泊2日、横浜でお泊まりをなさり、 前日とは、異なるスタイルのファッションで この「食ジム」にお出でくださいました。 89歳の先生が、 昨日のことのように、子ども時代のエピソードをお話しなさる!! そのことにも感動しました。 いま、私がお仕事で関わっている小学生が、 70年後、こんなふうに、 自分のことを語ることがあるんだと思うと……。 2026年1月がスタートしました。 栄養士・健康支援者ネットワーク 《パルマローザ》&《食コーチング》は、 2026年も魅力的な企画で、 みなさまをご案内できるように努めて参ります。
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by palmarosaK
| 2026-01-17 19:09
| 食ジム
2025年12月26日(金)、 映画研究会の企画で、 『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を鑑賞しました。 (原作 武田 一義氏 監督 久慈 悟郎氏 日本橋の映画館) *パンフレットは完売だったため、 購入できませんでした。 この映画の存在は、 12月上旬に、 天皇陛下ご夫妻のお子様の愛子様が、 この映画を鑑賞されたというニュースで知りました。 また、 12月8日から、沖縄の戦跡巡りに出かけた先々でも、 この映画のポスターを目にしたことから、 「どうしても観たい!! 」と、 なんとか2025年の内に観ることができました。 物語は、1944年。 太平洋戦争の激戦地で知られる"ペリリュー島”が舞台。 (現在のパラオ共和国の島) 当時、1万人の日本軍に対して、米軍4万人による 激しい戦いがあり、 日本軍で生き残ったのは34人とか。 ペリリュー島の激戦以降、 日本軍は、「持久型の戦い」へと転換したそうで、 当初、米軍は、4日で攻略する予定だったのが、 実際は、占領に2か月半かかり、 (1944年9月15日~11月27日まで) 73日間に渡った激しい戦闘が続きました。 米軍の計画を大きく狂わせることになったそう。 この映画の主人公・田丸均(たまるひとし)は21歳。 「将来、漫画家になれたら……」と ひそかに思っている青年。 両親は、日本の田舎で食堂を営んでいる。 その日本軍兵士・田丸の役割は、 「功績係」。 亡くなった仲間たちの最後の「勇姿」を描く係。 彼の描く、似顔絵や文章が、 あるときは、仲間たちの癒やしになり、 あるときは、遺族になる家族たちの 慰めになり……。 アニメ映画であるのに、 戦闘シーンは、まるで実写のような迫力。 怖いものが苦手な私は、 こういうシーンはスクリーンを 直視できず……。 「だったら、家でビデオで観れば?」 と言われそうですが、 やっぱり、この空間で映画を観たい派。 パラオは、戦後、ダイビングの人気エリア。 ダイビングツアーだけではなく、 美しい穏やかな海を見ながら ホテルライフを楽しんだ……という方も まわりにはいらっしゃいます。 そんな美しい海と天国のような楽園が、 80年前は、地獄と化した場だったのか……。 昭和の末世代の私は、 そういうことは知りませんでした。 実際に、ペリリュー島では、 いまも、当時の戦車や鉄兜(てつかぶと)や、 「千人壕」といわれた洞窟などが残っていて、 「戦跡ツアー」の見学コースにあるそうです。 この映画を鑑賞したときに、 水木しげる氏の戦争漫画を思い起こしました。 水木氏も、実際に戦地に出かけ、 負傷されながらも、その戦地の様子を 復員後、「戦争漫画」シリーズとして 発表し続けてこられました。 その水木しげる氏と、田丸一等兵とが スクリーンで重なり合いました。 実際、原作者の武田一義氏は、 「戦争体験者ではないけれど、 戦争をアニメで描くことで、 伝えられることがあるのではないか」と考えていたそう。 2015年4月8日~9日、 日本から、 明仁天皇、美智子皇后が(当時)、 ペリリュー島に慰霊の旅にお出かけになりました。 (武田氏は、 「このときに、 『ペリリュー島』のことを知った」と、インタビュー記事で お答えになっています) 両陛下は、 ペリリュー島の生き残りの方々にお目にかかり、 当時の現状をお尋ねになったということも、 映画鑑賞の後から知りました。 天皇皇后両陛下が、献花のために、 訪れになったペリリュー島では、 学校、職場が一斉に休日となり、 全島民600人が、お出迎えにあがったそう。 ペリリュー州では、 4月9日を、「天皇皇后両陛下ご訪問の日」として 州の祝日に法律で制定したそうです。 (ウィキペディアによる) 不思議なご縁で、 この映画を鑑賞する前日、 アルバイトをさせていただいている、 老舗の関内にあるお蕎麦屋さんで なんと、在パラオ日本国大使館の方に お目にかかるという出会いがありました。 大混雑の店内で、 娘さんとお母様らしきお2人に、 「そば茶」と「お水」の お代りを何度か、お持ちしたときに、 「このお店は、再開発で来年なくなるんですよね。 3月は、『いつ』まで営業ですか」 などと、お尋ねになられたので、 「まだ私たちも具体的な日にちは、 聞いていないんですよ」とお伝えしたら、 その娘さんが 「海外に住んでいるので……」と、 おっしゃったので、 「ホームページには最新情報が アップされると思うので ご覧になってくださいね。 ところで、海外は、どちらなんですか」 と、お尋ねしたところ、なんと、 「パラオです」(!!) 思わず 「え~! ダイビングのメッカ、パラオですよね。 ダイビングをしているので、 パラオにも憧れますが、 明日、パラオの映画を観に行くんですよ。 『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を」と、 申しあげたところ、 お母様が 「私たちもさっき観てきたのよ。 アニメなのに、号泣したわ。 映画も終盤なので、 上映館が少なくなってきているわよ」 と、おっしゃってくださったので、 「大丈夫です。予約しましたから。 日本橋の映画館に」 「実は、私、母の大叔父になる人が 80年前の太平洋戦争で戦死されているので パラオのペリリュー島にも、 戦跡巡りをいつか母と行ってみたいと 思っているんです」と、お伝えしました。 話の成り行きから、 「私は、フリーランスの栄養士なんです。 こちらには、月2~3回ほど お手伝いに伺っています。 人出が足りないときに」と、 お伝えしたところ、 「パラオには、日本から栄養士さんがたが いらっしゃっていますよ。 現地調査とかで……」 (確かに、太平洋諸島に住む人々の食生活や健康に 関する調査が、以前、日本の栄養士によって ひんぱんに行なわれていたことを耳にしたことがあります) 私が、「食コーチング」というネーミングで 栄養士活動をしているとお伝えしたら、 「そういうことってパラオでも必要なんですよね」 と、おっしゃってくださいました!! すると……。 「これもご縁ですね……。 私、こういうものです」と、 お名刺をくださいました。 その方は、 戦跡めぐりをなさる方々のご担当もされるとのこと。 パラオ・ペリリュー島つながりで、 こんなステキなご縁が 映画鑑賞の前日に生まれました。 「もし、パラオに来ることがあれば、 連絡してください」というその方に、 「来年、行きたいと思っています」 と、お伝えしました。 映画のお話に戻ります。 艦砲射撃(かんぼうしゃげき)、 焼夷弾(しょういだん)、照明弾などの映像が次々に……。 実写ではないものの、怖い……。 この映画のサブタイトルは、 「楽園のゲルニカ」。 ゲルニカとは、スペインの地名。 無差別爆撃があった街として知られ、 スペイン出身のピカソが、 その内戦の様子を「ゲルニカ」として発表。 スペイン戦争の内戦が、結果、 第2次世界大戦につながってゆく……。 そして、もう1つの不思議な因縁が……。 スペインは、 つい先日、12月16日~23日まで 旅行してきたばかり。 ペリリュー島~パラオ~ゲルニカ~スペイン。 スペイン旅行の話は、いつか機会があれば……。 さて、 日本橋の映画館は、 平日にもかかわらず満席。 別の席で観ていたという友人は、 「40代くらいのスーツ姿のサラリーマン風の男性が 横で号泣していた」と教えてくれました。 映画の最後のクレジットに、 「協力」という項目に、 「パラオ大使館」という名前を見つけたとき、 お蕎麦屋さんでお目にかかった あの、お2人の女性のことを思い出し、 うれしくなりました。 お2人とは、
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by palmarosaK
| 2025-12-29 22:18
| 映画鑑賞
![]() 東京・日本橋の映画館で 《栄養士のための映画研究会》を開催しました。 2022年12月に発足したこの映画研究会は、 映画を通して、 さまざまな人生の意味を考察し、 生きるとは何かを自問する機会としています。 今年は、戦後80年ということもあって、 80年前の「太平洋戦争」に関する 映画3本を鑑賞することができました。 1つは、 『男たちの大和』を自宅で。 (2025年2月9日) 2つめは、 3つめは、 『木の上の軍隊』(2025年8月17日) 上記2つは、日本橋の映画館で。 上記以外にも、 以下の映画をみなさまと鑑賞しました。 ・『アノーラ』 (2025年3月16日) (2025年4月6日) ・『マリリン・モンロー』 (2025年6月14日) ・『てっぺんの向こうにあなたがいる』 (2025年11月8日) そして、12月10日(土)。 『TOKYO タクシー』を鑑賞しました。 (監督 山田洋次 主演 倍賞千恵子/木村拓哉) この映画は、 フランスで大ヒットした 『パリ タクシー』のリメイクです。 2023年6月に、 《映画鑑賞会》でみなさまと ご一緒していた映画です。 2年前の映画鑑賞会で、 見終わったときに、 心が温かくなる物語だったことを 覚えていたので、 日本版ができることを知ったとき、 「絶対観なくては」とこの機会を待っていました。 『TOKYO タクシー』は、 高齢のためひとり暮らしは難しいと感じた 85歳の女性が、 終の住まいとして、高齢者施設への入居を決めて、 タクシー運転手が、 東京・柴又にある自宅から 神奈川・葉山にある高齢者施設まで送り届けるという物語。 『男はつらいよ』シリーズで、 寅さんの妹「さくら」役の倍賞千恵子さんが、 この映画では、 「すみれ」さんという名前で登場します。 この、「すみれ」さんのご自宅が、 東京・柴又にある……という設定も、 『男はつらいよ』ファンにとっても、 倍賞千恵子さんのファンにとっても うれしいことなのではないかしら……。 御年91歳という 山田洋次監督のお茶目なセンスを感じました。 ストーリーの一部をご紹介。 毎日休みなく働いているタクシー運転手の 宇佐美浩二(木村拓哉)。 妻と娘と3人でつつましく暮らしている。 その娘は、 音大の附属高校に推薦入学が決まり 喜ぶ一方、その入学金、 タクシーの車検代、家の更新料など、 次々にのしかかる現実に頭を悩ませている。 すみれさんが、 葉山の高齢者施設に向かう途中、 「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」 と、寄り道を依頼する……。 東京のさまざまな場所を巡りながら、 すみれさんが自らの過去を語り始める……。 映画研究会で、 毎回ゲスト講師として いらしてくださる大橋禄郎先生は、 「運転手役のキムタクがイイね~。 客の話を聞く……という姿勢を 『ひき』の演技で魅せるね」。 戦中、戦後を通して生きてきたすみれさん。 「過去のある女性」といってしまえば それで「終わり」になる話ですが、 すみれさんは、 「キャリアウーマン」の先駆けとなった。 ちょっと無愛想な運転手ながら、 お客の「爪」への関心を示すことで、 すみれさんの過去が明かされ、 すみれさんの物語が一挙に膨らんでいきます。 恋、出産、結婚、そして罪まで 車という密室の中で、 過去が明かされていきます。 タクシーの車窓からは、 ・柴又帝釈天 ・言問橋 (1945年3月10日の東京大空襲は 火の海で多くの人で、この橋を通って 逃げる人でいっぱいだったという。 炎から逃れようと、 ・上野恩賜公園 ・鳩の街通り商店街 (この町で、すみれさんは、恋をした) ・千住 (すみれさんが住んでいた公団があったところ) ・カトリック碑文谷教会 ・横浜・元町 (すみれさんと運転手が腕を組んで歩くシーン) ・スカンディアでの食事シーン (すみれさんと運転手が夕食をいただくレストラン。 ・元町のダンスホール「クリフサイド」 (1946年に、「山手舞踊場」として誕生。 東京からも多くの人たちで賑わっていたダンスホール) すみれさんと運転手が 初めて立ち寄った「言問橋」では、 1945年3月10日の「東京大空襲」の話を すみれさんがなさる下りで、 大橋先生が、 「ボクも、翌日、この場所にいた」と、 おっしゃっることで、 より、映画をリアルに感じることができました。 (アメリカ軍による広島、長崎に対する原爆投下、 沖縄戦と並んで、 東京の都市部を標的とした航空爆撃作戦は、 市民に大きな被害を与えた。 この空襲と前後の攻撃も合わせた爆撃被災者は約310万人、 確認された死者の遺体数は約10万5400人、 負傷者は15万人以上。 「ウィキペディア」より一部抜粋) ご参加いただいた方と、 「どのシーンが印象に残っていますか」と、 お尋ねしたとき、 「タクシーの中の現在のすみれさんが、 20代のときのすみれさんを励ますように、 手を取り合って座っていたシーン」 と、おっしゃった方がいらっしゃいました。 60年前の自分と向き合うすみれさん。 60年前の自分に、 きっと、こう言って励ましてあげているんじゃ ないかしら……と思いながら、 そのシーンを思い返していました。 「大丈夫よ、あなたの人生、いまのままで。 けっこうイイ人生だったわよ」と。 山田洋次監督の91本目となるこの映画。 松竹創業130周年記念作品でもある本作。 すみれさんの若かりし頃を演じた、蒼井優さんは、 「山田組に、また戻ってこられたのは夢のようでした」 と、おっしゃっていたことを、 パンフレットを見て知りました。 山田組から呼ばれる女優、俳優……とは、 こんなにも光栄なことなんだ……と、 思ったと同時に、 私たちも、 「パルマローザ組」として(!?) ここ、パルマローザという場所に、 身を置いたことが光栄と思っていただけるように、 これからも、がんばらなくては……と思います。 映画の内容とは異なる感想ではありますが、 こうした1シーン1シーンの中に、 明日を生きるヒントがたくさんあることを 学ばせていただいています。 宇佐美タクシーの運転手を演じた 木村拓哉さんは、 山田洋次監督とは、 19年ぶりの映画出演だったそうです。 その映画は、 『武士の一分(いちぶん)』。(2006年) 木村拓哉さんと壇れいさん主演の物語。 今回の映画鑑賞会にご参加いただいた方が 「私、その映画、影山先生とご一緒した最初の映画でした」 と、おっしゃっておられました。 そのときは、 「映画研究会」という名前では、 開催はしておらず、 個人的にお誘いして、 しばしば映画を観ていたことが いまにつながっているということにも 気づかせていただきました。 映画も目的地・葉山に……。 すみれさんが 「横浜のホテルに泊りたい」と、 おっしゃったひとこと……。 すみれさんであれば、 どんな高級ホテルに泊まれるはずですが これからは、 規則正しい、誰かに管理される生活が 待ち受けている……。 入居予定の施設からは、 「到着時間が過ぎているけれど、 どうされましたか」と催促の電話が……。 寄り道をしながらのちょっとした「旅」を 楽しんでいたすみれさんに、 「遅くなるのであれば事前に言っていただかなくては」 「お夕食には間に合いませんよ!!」 と、追い打ちのコトバが……。 そんな現実がいよいよ近づいてきたことを 観客は感じます。 そして、いよいよ目的地に到着して 車椅子で出迎える冷たい職員の対応に……。 「私は、今まで、自分の足で歩いてきたの。 こういうものはお世話にならないの」と言う すみれさんに、 観客は「かっこいい~!!」と思ったはず。 乗車運賃を支払っていないことに気がついたすみれさん。 玄関に戻ろうとするものの、 中から鍵がかかっているので開けることができない……。 扉ごしに、運転手に、 「また来てくれるの? そのときにかならずお支払いするわね。 奥さんとお子さんにも会いたいな」。 その1週間後、 妻といっしょに、 高齢者施設に向かったとき……。 人は、 生きていれば生きている分だけ、 誰もが、楽しかったこと、 悲しかったことを体験しているはず。 でも、『TOKYO タクシー』では、 過去の懺悔、過去の栄光に終始せず、 「現在進行形」というスタイルがとられていました。 山田洋次監督が 「いまの大人の観客が観たい映画を」と この映画を撮られたことを知り、 おおいに納得しました。 週末の映画館は、ほぼ満席。 たくさんの大人の観客で静かに賑わっていました。 #
by palmarosaK
| 2025-12-16 17:18
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