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2025年12月26日(金)、 映画研究会の企画で、 『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を鑑賞しました。 (原作 武田 一義氏 監督 久慈 悟郎氏 日本橋の映画館) *パンフレットは完売だったため、 購入できませんでした。 この映画の存在は、 12月上旬に、 天皇陛下ご夫妻のお子様の愛子様が、 この映画を鑑賞されたというニュースで知りました。 また、 12月8日から、沖縄の戦跡巡りに出かけた先々でも、 この映画のポスターを目にしたことから、 「どうしても観たい!! 」と、 なんとか2025年の内に観ることができました。 物語は、1944年。 太平洋戦争の激戦地で知られる"ペリリュー島”が舞台。 (現在のパラオ共和国の島) 当時、1万人の日本軍に対して、米軍4万人による 激しい戦いがあり、 日本軍で生き残ったのは34人とか。 ペリリュー島の激戦以降、 日本軍は、「持久型の戦い」へと転換したそうで、 当初、米軍は、4日で攻略する予定だったのが、 実際は、占領に2か月半かかり、 (1944年9月15日~11月27日まで) 73日間に渡った激しい戦闘が続きました。 米軍の計画を大きく狂わせることになったそう。 この映画の主人公・田丸均(たまるひとし)は21歳。 「将来、漫画家になれたら……」と ひそかに思っている青年。 両親は、日本の田舎で食堂を営んでいる。 その日本軍兵士・田丸の役割は、 「功績係」。 亡くなった仲間たちの最後の「勇姿」を描く係。 彼の描く、似顔絵や文章が、 あるときは、仲間たちの癒やしになり、 あるときは、遺族になる家族たちの 慰めになり……。 アニメ映画であるのに、 戦闘シーンは、まるで実写のような迫力。 怖いものが苦手な私は、 こういうシーンはスクリーンを 直視できず……。 「だったら、家でビデオで観れば?」 と言われそうですが、 やっぱり、この空間で映画を観たい派。 パラオは、戦後、ダイビングの人気エリア。 ダイビングツアーだけではなく、 美しい穏やかな海を見ながら ホテルライフを楽しんだ……という方も まわりにはいらっしゃいます。 そんな美しい海と天国のような楽園が、 80年前は、地獄と化した場だったのか……。 昭和の末世代の私は、 そういうことは知りませんでした。 実際に、ペリリュー島では、 いまも、当時の戦車や鉄兜(てつかぶと)や、 「千人壕」といわれた洞窟などが残っていて、 「戦跡ツアー」の見学コースにあるそうです。 この映画を鑑賞したときに、 水木しげる氏の戦争漫画を思い起こしました。 水木氏も、実際に戦地に出かけ、 負傷されながらも、その戦地の様子を 復員後、「戦争漫画」シリーズとして 発表し続けてこられました。 その水木しげる氏と、田丸一等兵とが スクリーンで重なり合いました。 実際、原作者の武田一義氏は、 「戦争体験者ではないけれど、 戦争をアニメで描くことで、 伝えられることがあるのではないか」と考えていたそう。 2015年4月8日~9日、 日本から、 明仁天皇、美智子皇后が(当時)、 ペリリュー島に慰霊の旅にお出かけになりました。 (武田氏は、 「このときに、 『ペリリュー島』のことを知った」と、インタビュー記事で お答えになっています) 両陛下は、 ペリリュー島の生き残りの方々にお目にかかり、 当時の現状をお尋ねになったということも、 映画鑑賞の後から知りました。 天皇皇后両陛下が、献花のために、 訪れになったペリリュー島では、 学校、職場が一斉に休日となり、 全島民600人が、お出迎えにあがったそう。 ペリリュー州では、 4月9日を、「天皇皇后両陛下ご訪問の日」として 州の祝日に法律で制定したそうです。 (ウィキペディアによる) 不思議なご縁で、 この映画を鑑賞する前日、 アルバイトをさせていただいている、 老舗の関内にあるお蕎麦屋さんで なんと、在パラオ日本国大使館の方に お目にかかるという出会いがありました。 大混雑の店内で、 娘さんとお母様らしきお2人に、 「そば茶」と「お水」の お代りを何度か、お持ちしたときに、 「このお店は、再開発で来年なくなるんですよね。 3月は、『いつ』まで営業ですか」 などと、お尋ねになられたので、 「まだ私たちも具体的な日にちは、 聞いていないんですよ」とお伝えしたら、 その娘さんが 「海外に住んでいるので……」と、 おっしゃったので、 「ホームページには最新情報が アップされると思うので ご覧になってくださいね。 ところで、海外は、どちらなんですか」 と、お尋ねしたところ、なんと、 「パラオです」(!!) 思わず 「え~! ダイビングのメッカ、パラオですよね。 ダイビングをしているので、 パラオにも憧れますが、 明日、パラオの映画を観に行くんですよ。 『ペリリュー 楽園のゲルニカ』を」と、 申しあげたところ、 お母様が 「私たちもさっき観てきたのよ。 アニメなのに、号泣したわ。 映画も終盤なので、 上映館が少なくなってきているわよ」 と、おっしゃってくださったので、 「大丈夫です。予約しましたから。 日本橋の映画館に」 「実は、私、母の大叔父になる人が 80年前の太平洋戦争で戦死されているので パラオのペリリュー島にも、 戦跡巡りをいつか母と行ってみたいと 思っているんです」と、お伝えしました。 話の成り行きから、 「私は、フリーランスの栄養士なんです。 こちらには、月2~3回ほど お手伝いに伺っています。 人出が足りないときに」と、 お伝えしたところ、 「パラオには、日本から栄養士さんがたが いらっしゃっていますよ。 現地調査とかで……」 (確かに、太平洋諸島に住む人々の食生活や健康に 関する調査が、以前、日本の栄養士によって ひんぱんに行なわれていたことを耳にしたことがあります) 私が、「食コーチング」というネーミングで 栄養士活動をしているとお伝えしたら、 「そういうことってパラオでも必要なんですよね」 と、おっしゃってくださいました!! すると……。 「これもご縁ですね……。 私、こういうものです」と、 お名刺をくださいました。 その方は、 戦跡めぐりをなさる方々のご担当もされるとのこと。 パラオ・ペリリュー島つながりで、 こんなステキなご縁が 映画鑑賞の前日に生まれました。 「もし、パラオに来ることがあれば、 連絡してください」というその方に、 「来年、行きたいと思っています」 と、お伝えしました。 映画のお話に戻ります。 艦砲射撃(かんぼうしゃげき)、 焼夷弾(しょういだん)、照明弾などの映像が次々に……。 実写ではないものの、怖い……。 この映画のサブタイトルは、 「楽園のゲルニカ」。 ゲルニカとは、スペインの地名。 無差別爆撃があった街として知られ、 スペイン出身のピカソが、 その内戦の様子を「ゲルニカ」として発表。 スペイン戦争の内戦が、結果、 第2次世界大戦につながってゆく……。 そして、もう1つの不思議な因縁が……。 スペインは、 つい先日、12月16日~23日まで 旅行してきたばかり。 ペリリュー島~パラオ~ゲルニカ~スペイン。 スペイン旅行の話は、いつか機会があれば……。 さて、 日本橋の映画館は、 平日にもかかわらず満席。 別の席で観ていたという友人は、 「40代くらいのスーツ姿のサラリーマン風の男性が 横で号泣していた」と教えてくれました。 映画の最後のクレジットに、 「協力」という項目に、 「パラオ大使館」という名前を見つけたとき、 お蕎麦屋さんでお目にかかった あの、お2人の女性のことを思い出し、 うれしくなりました。 お2人とは、
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by palmarosaK
| 2025-12-29 22:18
| 映画鑑賞
![]() 東京・日本橋の映画館で 《栄養士のための映画研究会》を開催しました。 2022年12月に発足したこの映画研究会は、 映画を通して、 さまざまな人生の意味を考察し、 生きるとは何かを自問する機会としています。 今年は、戦後80年ということもあって、 80年前の「太平洋戦争」に関する 映画3本を鑑賞することができました。 1つは、 『男たちの大和』を自宅で。 (2025年2月9日) 2つめは、 3つめは、 『木の上の軍隊』(2025年8月17日) 上記2つは、日本橋の映画館で。 上記以外にも、 以下の映画をみなさまと鑑賞しました。 ・『アノーラ』 (2025年3月16日) (2025年4月6日) ・『マリリン・モンロー』 (2025年6月14日) ・『てっぺんの向こうにあなたがいる』 (2025年11月8日) そして、12月10日(土)。 『TOKYO タクシー』を鑑賞しました。 (監督 山田洋次 主演 倍賞千恵子/木村拓哉) この映画は、 フランスで大ヒットした 『パリ タクシー』のリメイクです。 2023年6月に、 《映画鑑賞会》でみなさまと ご一緒していた映画です。 2年前の映画鑑賞会で、 見終わったときに、 心が温かくなる物語だったことを 覚えていたので、 日本版ができることを知ったとき、 「絶対観なくては」とこの機会を待っていました。 『TOKYO タクシー』は、 高齢のためひとり暮らしは難しいと感じた 85歳の女性が、 終の住まいとして、高齢者施設への入居を決めて、 タクシー運転手が、 東京・柴又にある自宅から 神奈川・葉山にある高齢者施設まで送り届けるという物語。 『男はつらいよ』シリーズで、 寅さんの妹「さくら」役の倍賞千恵子さんが、 この映画では、 「すみれ」さんという名前で登場します。 この、「すみれ」さんのご自宅が、 東京・柴又にある……という設定も、 『男はつらいよ』ファンにとっても、 倍賞千恵子さんのファンにとっても うれしいことなのではないかしら……。 御年91歳という 山田洋次監督のお茶目なセンスを感じました。 ストーリーの一部をご紹介。 毎日休みなく働いているタクシー運転手の 宇佐美浩二(木村拓哉)。 妻と娘と3人でつつましく暮らしている。 その娘は、 音大の附属高校に推薦入学が決まり 喜ぶ一方、その入学金、 タクシーの車検代、家の更新料など、 次々にのしかかる現実に頭を悩ませている。 すみれさんが、 葉山の高齢者施設に向かう途中、 「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」 と、寄り道を依頼する……。 東京のさまざまな場所を巡りながら、 すみれさんが自らの過去を語り始める……。 映画研究会で、 毎回ゲスト講師として いらしてくださる大橋禄郎先生は、 「運転手役のキムタクがイイね~。 客の話を聞く……という姿勢を 『ひき』の演技で魅せるね」。 戦中、戦後を通して生きてきたすみれさん。 「過去のある女性」といってしまえば それで「終わり」になる話ですが、 すみれさんは、 「キャリアウーマン」の先駆けとなった。 ちょっと無愛想な運転手ながら、 お客の「爪」への関心を示すことで、 すみれさんの過去が明かされ、 すみれさんの物語が一挙に膨らんでいきます。 恋、出産、結婚、そして罪まで 車という密室の中で、 過去が明かされていきます。 タクシーの車窓からは、 ・柴又帝釈天 ・言問橋 (1945年3月10日の東京大空襲は 火の海で多くの人で、この橋を通って 逃げる人でいっぱいだったという。 炎から逃れようと、 ・上野恩賜公園 ・鳩の街通り商店街 (この町で、すみれさんは、恋をした) ・千住 (すみれさんが住んでいた公団があったところ) ・カトリック碑文谷教会 ・横浜・元町 (すみれさんと運転手が腕を組んで歩くシーン) ・スカンディアでの食事シーン (すみれさんと運転手が夕食をいただくレストラン。 ・元町のダンスホール「クリフサイド」 (1946年に、「山手舞踊場」として誕生。 東京からも多くの人たちで賑わっていたダンスホール) すみれさんと運転手が 初めて立ち寄った「言問橋」では、 1945年3月10日の「東京大空襲」の話を すみれさんがなさる下りで、 大橋先生が、 「ボクも、翌日、この場所にいた」と、 おっしゃっることで、 より、映画をリアルに感じることができました。 (アメリカ軍による広島、長崎に対する原爆投下、 沖縄戦と並んで、 東京の都市部を標的とした航空爆撃作戦は、 市民に大きな被害を与えた。 この空襲と前後の攻撃も合わせた爆撃被災者は約310万人、 確認された死者の遺体数は約10万5400人、 負傷者は15万人以上。 「ウィキペディア」より一部抜粋) ご参加いただいた方と、 「どのシーンが印象に残っていますか」と、 お尋ねしたとき、 「タクシーの中の現在のすみれさんが、 20代のときのすみれさんを励ますように、 手を取り合って座っていたシーン」 と、おっしゃった方がいらっしゃいました。 60年前の自分と向き合うすみれさん。 60年前の自分に、 きっと、こう言って励ましてあげているんじゃ ないかしら……と思いながら、 そのシーンを思い返していました。 「大丈夫よ、あなたの人生、いまのままで。 けっこうイイ人生だったわよ」と。 山田洋次監督の91本目となるこの映画。 松竹創業130周年記念作品でもある本作。 すみれさんの若かりし頃を演じた、蒼井優さんは、 「山田組に、また戻ってこられたのは夢のようでした」 と、おっしゃっていたことを、 パンフレットを見て知りました。 山田組から呼ばれる女優、俳優……とは、 こんなにも光栄なことなんだ……と、 思ったと同時に、 私たちも、 「パルマローザ組」として(!?) ここ、パルマローザという場所に、 身を置いたことが光栄と思っていただけるように、 これからも、がんばらなくては……と思います。 映画の内容とは異なる感想ではありますが、 こうした1シーン1シーンの中に、 明日を生きるヒントがたくさんあることを 学ばせていただいています。 宇佐美タクシーの運転手を演じた 木村拓哉さんは、 山田洋次監督とは、 19年ぶりの映画出演だったそうです。 その映画は、 『武士の一分(いちぶん)』。(2006年) 木村拓哉さんと壇れいさん主演の物語。 今回の映画鑑賞会にご参加いただいた方が 「私、その映画、影山先生とご一緒した最初の映画でした」 と、おっしゃっておられました。 そのときは、 「映画研究会」という名前では、 開催はしておらず、 個人的にお誘いして、 しばしば映画を観ていたことが いまにつながっているということにも 気づかせていただきました。 映画も目的地・葉山に……。 すみれさんが 「横浜のホテルに泊りたい」と、 おっしゃったひとこと……。 すみれさんであれば、 どんな高級ホテルに泊まれるはずですが これからは、 規則正しい、誰かに管理される生活が 待ち受けている……。 入居予定の施設からは、 「到着時間が過ぎているけれど、 どうされましたか」と催促の電話が……。 寄り道をしながらのちょっとした「旅」を 楽しんでいたすみれさんに、 「遅くなるのであれば事前に言っていただかなくては」 「お夕食には間に合いませんよ!!」 と、追い打ちのコトバが……。 そんな現実がいよいよ近づいてきたことを 観客は感じます。 そして、いよいよ目的地に到着して 車椅子で出迎える冷たい職員の対応に……。 「私は、今まで、自分の足で歩いてきたの。 こういうものはお世話にならないの」と言う すみれさんに、 観客は「かっこいい~!!」と思ったはず。 乗車運賃を支払っていないことに気がついたすみれさん。 玄関に戻ろうとするものの、 中から鍵がかかっているので開けることができない……。 扉ごしに、運転手に、 「また来てくれるの? そのときにかならずお支払いするわね。 奥さんとお子さんにも会いたいな」。 その1週間後、 妻といっしょに、 高齢者施設に向かったとき……。 人は、 生きていれば生きている分だけ、 誰もが、楽しかったこと、 悲しかったことを体験しているはず。 でも、『TOKYO タクシー』では、 過去の懺悔、過去の栄光に終始せず、 「現在進行形」というスタイルがとられていました。 山田洋次監督が 「いまの大人の観客が観たい映画を」と この映画を撮られたことを知り、 おおいに納得しました。 週末の映画館は、ほぼ満席。 たくさんの大人の観客で静かに賑わっていました。 #
by palmarosaK
| 2025-12-16 17:18
| 映画鑑賞
2025年12月8日(月)~11日(木)まで、 目的は、摩文仁の丘(まぶにのおか)にある、 《平和祈念公園》。 1年前、恒例のダイビングに出かけた沖縄で 台風の影響で、 那覇・泊港(とまりこう)から出発する フェリーが全便欠航になりました。 そのため、 那覇からフェリーで2時間 目的地・座間味島(ざまみじま)に、 行くことができなくなり、 結果、那覇に延泊……となりました。 「那覇に延泊するのだから、 今まで訪れたことがない、 沖縄の南部のほうに、行ってみたい」 ということになり、 9名乗りのジャンボタクシーで回ることに。 そのジャンボタクシーの運転手さん、 「ひめゆりの塔に行くのだったら、 『平和祈念公園』に行ってはどうですか。 ここは、なかなか行けないところですから」 と、何度もすすめてくださったこともあって、 伺うことに……。 平和祈念公園は、 沖縄戦でお亡くなりになられた 国内外の民間人、軍人の方々 20万人あまりの方々の名前が刻まれた 石碑(平和の礎(へいわのいしじ)と、 沖縄戦に関する資料が公開されている資料館があります。 都道府県別に お亡くなりになった方々のお名前が 刻まれている石碑がある、その場所に、 沖縄戦の海上特攻として 『戦艦大和』に広島・呉から乗艦して、 2025年4月7日、 鹿児島県坊ノ岬沖で、 米軍空母386機に爆撃され撃沈した 母の父の弟・島崎護(しまざきまもる)さんの 戦後79年の10月に 偶然、見つけたその名前の前で、 すぐさま母に電話をかけ、 「戦死したおじいちゃんの弟さんの名前って 教えてくれない?」と確認をしたら 「しまざき まもる」と。 母もその場所に、 おじちゃんの名前が刻まれていることを知らなかったそうで、 「母が元気なうちに、この場所に母を連れてきてあげたい」 と、1年2か月後にその希望を叶えました。 母は、その石碑の前で、 「私が生まれたとき、 まもるおじちゃんは、一緒に住んでいたんよ」 「きっと、まもるおじちゃんは、 私のことを抱っこしてくれたと思う」 「お母さんとお父さんにも、見せてあげたかった」 「戦後、家族の誰もが、おじちゃんのことは 話さなかったし、教えてくれなかった」 「あなたが、沖縄に行って、 ここに来てくれたから、 私は、きょうおじちゃんに会うことができた」 と、つぶやくように、そう話してくれました。 平和祈念公園は、 関東から修学旅行に来ている 修学旅行生の学生さんたちが大勢いました。 ![]() ![]() ![]() 那覇・首里城の地下エリアに、 海軍司令壕本部があった場所から、 摩文仁の丘へと、司令部の壕を移したことで、 さらなる悲劇の地へとなったこの場所。 沖縄県では、 沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる 6月23日を、 沖縄戦の戦没者の霊を慰め平和を祈る 「慰霊の日」として県の条例で定め、 県内の公的機関や学校は休日となるそうです。 私が訪れていた摩文仁の丘の壕で、 日本軍守備隊・「陸軍第32軍」司令官を 務めた牛島満(うしじまみつる)長官と、 長勇(ちょういさむ)参謀長官が自決した日 でもあるそうです。 今回の沖縄の旅は、 栄養士・健康支援者ネットワーク 《パルマローザ》のお仲間とは、 行けないような場所にも足を運びました。 (順不同) ・「ひめゆりの塔」 ・「沖縄祈念公園」 ・「旧海軍司令壕」 ・「やちむん通り」 ・牧志公設市場 ・国際通り 毎年、1年に1回は来ている沖縄ですが 沖縄戦の遺族の1人として 家族と来られた沖縄は、初めて。 81歳の母が元気なうちに、 この場所に案内できたことが もっともうれしいことでした。 戦後80年……。 1年前、 おじちゃんが私を呼んだのでしょう。 「ここにいるよ……」と。 12月の沖縄は、 ノースリーブ姿で活動できるほど、「ザ・夏」。 寒いと、「どこにも行きたくないなぁ……」 という母ですが、 毎日、1万歩以上を歩いていました。 沖縄のどこの場所に伺っても、 みなさま声をかけてくださるのも 母は、うれしかったようです。 来年も、 #
by palmarosaK
| 2025-12-15 23:45
| 沖縄
2025年12月6日(土)、 《アクションクッキング》 「日本の温かさを味わうクリスマス料理」を開催しました。 (主催 食コーチングプログラムス 講師 影山なお子 会場 影山なお子横浜中華街オフィス 時間 14時30分~) 《メニュー》 ・ウェルカムドリンク (自家製 柿と柚子、金柑(きんかん)ドリンク レモンチェッロ) ・ビーツの冷製スープ ・渡り蟹のパスタ ・ピスタチオのジェラート 振り返れば、 《アクションクッキング》は、 2006年にスタートしています。 当初は、 影山が講師を務めていた組織で 受講者としていらしてくださった方々が おいでくださいました。 「先生のお話をもっと聞きたいのですが どこに伺えばよろしいでしょうか」 とお尋ねいただいたことから、 自宅で開くスタイルの料理教室を オープンしました。 ご参加いただく方々は、 一般の方のほか、 お料理教室などで教えておられる栄養士さん、 学校給食で毎日「食」に携わっておられる栄養士さん、 病院で毎日「給食」を提供されておられる栄養士さんなど、 ある程度専門性のある方の割合が多くなりました。 その後、この料理教室を 「アクションクッキング」というネーミングに変えました。 その理由は……。 お料理教室をスタートした19年前は、 「すべて手作りであることが、料理教室の基本」 というような風潮が、 世間の料理教室にはあったように思います。 アクションクッキングでは、 「アクションクッキングとは、 料理の作り方レッスンに終始するのではなく、どんなときにどんな人と、どんな話題を楽しむかなど、 人とのコミュニケーションを活性化する食シーンを演出することを 目的として料理を作り、それを実践するサロン」 をコンセプトとして運営しています。 これまで、 ホームグラウンドである横浜での開催以外にも、 佐賀県・有田で複数回開催したり、 有田焼の老舗店では、 器を選ぶところから楽しんでいただいたり、 日本橋で古くから続く老舗の料理店で お食事を楽しむイベントを開催したり、 都内~横浜のホテルで アフタヌーンティーを楽しんだり……と、 文字通り、"アクション”を重視しています。 ときには、 アクションクッキングは、 岡山県、石川県の栄養士組織から ご依頼をいただき、 現地の「食材」で開催したことも。 「アクションクッキング」は、 「横浜だからできる」スタイルではなく、 いつ、どこででも、場所を問わず 食コミュニケーションを楽しむ居場所の1つとして、 存在する料理教室だと、 自覚できたことは、 一生の財産になっています。 今年は、 以下のテーマで《アクションクッキング》を開催しました。 2025年3月2日 「フルーツサンドが主役の一汁三菜」 4月13日 「桜の季節の 一汁三菜」 5月24日 「韓国・ソウルツアーを料理で再現!!」 6月28日 「華麗なる横浜カレー 2025」 8月30日 9月13日 「ボナペティ!! イタリアン」 10月11日 「横浜のホテルで アフタヌーンティーを」 「ベーグル!! ベーグル!! ベーグル!!」 今年は、 12月30日に開催する、 恒例の「おせち料理」以外の アクションクッキングがすべて終わりました。 ここ数年は、 お料理の「待ち時間」などで 「デコパージュ」も入れてみたりして 楽しんでいただいています。 「食」は、 けっして栄養・エネルギー補給だけが目的ではなく、 日々3回の繰り返しを通じて情報交換し、 日々の、そして生涯のモチベーションを活発にし、 それが心身の健康を支えることになる……。 このコンセプトを見失わないように努めています。 2025年度、 ご参加いただいたみなさま、 これから新しくこのイベントで お目にかかるみなさま、 ステキな1年をありがとうございます。
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by palmarosaK
| 2025-12-07 21:19
| アクションクッキング
2025年11月29日(土)、30日(日)は、 食コーチングプログラムス主催の研修会を それぞれ開催しました。 11月29日(土)は、 「食コーチング」スキルアップセミナー 《栄養士のライフデザイン 現在、5年後、10年後……》 会場 横浜開港記念会館 時間 11時~17時 ゲスト講師 大橋禄郎先生 講師 影山なお子 11月30日(日)は、 アクションクッキング 《ベーグル!! ベーグル!! ベーグル!! 》 会場 影山なお子 横浜中華街オフィス 時間 14時~17時30分 講師 影山なお子 このブログでは、 11月29日(土)に開催した 「食コーチング」スキルアップ研修のことを 記しておきたいと思います。 《栄養士のライフデザイン 現在、5年後、10年後……》 というテーマで初めて研修会を開催したのが 2012年7月。 そのころの、栄養士対象の研修会で、 栄養士としての自身の5年後、10年後を考える…… というスタイルの研修会は、 当時も珍しいものでした。 そのため、この研修会は、 ご参加いただいた方々はもちろん、 そのときご欠席された方々からも、 「今度はいつ開催されるのでしょうか」 と、お尋ねいただき、 これまで、2012年の同年に2回、 2015年、2016年、2019年にも開催しています。 (すべての回に、大橋先生に、ゲスト講師として ご登壇いただいています) これまでに開催した 同じタイトルでのセミナーでは、 栄養士の歴史、 戦前から戦後すぐ……までの時代ごとに求められる 栄養士の社会的な役割についてご紹介させていただきました。 今回は、 以下の項目で進行しました。 1.ごあいさつ 2.「食コーチング」を受講して、 あなたが確実に変わったところは、どんなところでしょうか。 3.ここまでの人生で、 最高にハッピーなできごとを1つだけあげるとすれば……。 (セルフチェック) 4.ここ1年でどんな映画を観ましたか。 そこから学んだことは? 5.あなたが「自分の売りはココ」と 確信できたこと、あるいは、人から指摘されて 気がついた「自分の売り」はありますか。 具体的に教えてください。 6.「食コーチング」習熟度 セルフチェック表 2番の項目は、これまでの研修でも、 定期的に振り返っている内容です。 「自分が変わったところ」を明確に第三者に 伝えられる方がたを拝見していると、 「今まで続けてきてよかった……」と、 心からそう思っている自分がいます。 たとえば、今回は、以下のご発言があがりました。 ・「コミュニケーション」が楽しくなった。 ・食事相談に「問いかけ」のスキルを活用することで、 今ままでの「栄養指導」とは大きく異なることを実感している。 ・クライアントから信頼されているという手応えを日々感じる。 (これまでは、聞かれたら、「答える」というスタイル) ・初めての場所に行くことも、 初めての人とお目にかかることが楽しい。 ・それ以前は、あえて「老けメイク」をしていたが、 (相手にバカにされてはいけないと) いまは、「健康的なメイク」を心がけるようになった。 ・クローゼットにある衣服の色は、 黒、グレー、茶がメインだったが、 いまは、着ることで「元気になる!!」 ようなビタミンカラーなど、 色のバリエーションがふえた。 「食コーチング」研修では、 「衣服やメイク、 自身の立ち居振る舞いもコミュニケーションの1つ」と、 お伝えしています。 そのため、 学んだら実践しやすく、 実践したら、即、結果が出やすい。 (第3者からの評価を受けやすい) 衣服やメイク、立ち居振る舞いなどは、 わかりやすい事例なのでしょう。 ユニークなところでは、 「ここ1年でどんな映画を観ましたか」 という項目。 《映画鑑賞会》で開催した映画のタイトルを ご発表いただいた方も。 ・『雪風』 ・『木の上の軍隊』 ・『てっぺんの向こうにあなたがいる』 ・『この世界の片隅で』 ・『アラビアのロレンス』 どんな映画を観たとしても、 「そこから何を学ぶか」があるか否かで その人の未来は、 いっそう輝くのだと思いました。 ゲスト講師の大橋先生は、 『雪風』の映画をこう評されました。 「今までの戦争映画の定番は、 『勝ち負け』がサブテーマだった。 ところが『雪風』にはそれがない。 駆逐艦という艦から見た戦争……という視点で 日本の歴史を語っている珍しい映画」と。 私も、この映画を観たのですが 先生の映画鑑賞という長いキャリアの中で 語られた評価は、 私たちの感想とは異なる次元のものでした。 ちなみに、大橋先生のあげられた映画は、 「映画鑑賞会」で観た『オッペンハイマー』。 この映画のモデルは、 ロバート・オッペンハイマー。 アメリカ合衆国の理論物理学者。 「原爆の父」ともいわれる方。 幼少の頃から「天才」と周囲が認める秀才。 その彼が、将来、 日本の広島・長崎に原子爆弾を投下する きっかけをつくる……。 「科学者としてのオッペンハイマーは、 『研究のために』原子爆弾を開発した。 誰かを破滅させたいと思ってつくったというのではなく、 研究者のモチベーションを考えさせるドラマとして観た」と、 大橋先生がおっしゃいました。 5番の項目の 「自分の売りはココ」という発表では、 以前も今回も、ご発表が難しかったご様子。 参加者の方の中には、 栄養士であり、 ウェイトリフティング世界チャンピョンの タイトルを持つ方もいらっしゃいます。 そういう方でも、 ご自身の「売り」をコトバになさるのは 難しいようです。 また、栄養士であり、 ヨガのインストラクターの資格や セラピストの資格を持って働いている方も然り。 「ヨガができます」 「体全体の施術ができます」では、 「売り」としては弱い。 そのような方に、 ゲスト講師・大橋先生は、 1人1人に、 「こんなふうに自分にキャッチをつけてみたら?」 と、ご助言いただくと……!! みなさまの目の色が変わり、瞳がキラキラ♬ 「うれしい~。 今まで積んできたキャリアなのに、 コトバで伝えることをしていなかったから きょうここで、オーダーメイドの 魅力的なキャッチをつけていただけてよかった」と。 1つの部署に長く栄養士としてご勤務されている方も、 自分の「売り」を魅力的に語れるようになりたいもの。 以前、ある栄養士組織で、 「食コーチング」研修を1年間ほど 担当させていただいたとき、 少なからずの栄養士さんが 「私の売りは、笑顔です」 と、おっしゃっていたことを思い出しました。 もちろん、精一杯のお答えだったことは 想像できるのですが、 「自分の売り」が笑顔……というのは 健康支援者としては「当たり前」のこと……。 10年以上前に研修会で出会った その栄養士さんは、 その後、ご自身の売りが見つかったかな……。 研修中に、 そんなことを思い出してもいました。 6番の「食コーチング」習熟度 セルフチェック表では、 参加者のみなさまが、 「食コーチング」をご修了なさったときに つけていただいた、セルフチェック表と 同じものを用意しました。 15項目について、 その内容についてクリアしていれば 「○」をつけていただくというもの。 その内容を以下に抜粋すると……。 1.「食コーチング」の理念、知識、技術の初歩を理解している。 2.『食コーチング」の理念、知識、技術の概略を 数人に説明することができる。 3.食事相談の現場で 「食コーチング」のスキルをある程度 活用することができる。 4.食事相談の現場で 「食コーチング」のスキルをかなり 活用することができる。 5.栄養士としてのご自分の方向性を かなりの程度見極めることができる…… 12.自分の講演や執筆に「食コーチング」的な考え方を活用することができる。 13.数人対象のグループカウンセリングなどの進行や運営ができる可能性がある。 14.「食コーチング」について複数の人に対して、 1時間程度の説明や講演ができる。 15.「食コーチング」について、 メディアからの執筆や取材依頼に対応できる。 10年以上前に、 「食コーチング」入門を修了された方々が 自宅に帰られた後に、 当時の修了書に記されていたチェック表と 今回のチェック表を比較されたとご報告いただきました。 「以前よりも『○』がついている箇所が多かったのが うれしかった」 「自分でも『成長している!! 』と感じられた」 最後の7番は、 「栄養士としての私の人生を支えてくれる本」を 影山の場合(思想を支える情報源)として ご紹介させていただきました。 そのリストをご覧になった大橋先生から 「名作とよばれる文学作品も入れるといいね」 と、ご指摘いただいたことから、 次回、同テーマで開催する1月24日の研修会では、 先生のご指摘いただいたところを追加する予定です。 久しぶりのセミナーでした。 自分でも、久しぶりに新鮮な印象を受けました。 コロナ禍前の2019年から6年ぶりのこのセミナーは、 「やっぱりイイ内容だなぁ」と、 手前味噌ですが、そう感じられたこともうれしいことでした。 ゲスト講師の大橋先生は、 「生涯現役」というコトバに注目されました。 そして参加者のみなさまに、 こう尋ねられました。 「『現役』って収入源がある人だけが現役なの?」 「収入のあるなし」に関わらず、社会参加をしていること」 「家庭で介護をしている人は、『現役』って言う?」 「家庭で、家事だけをしている人は、『現役』って言う?」 みなさまの意見を伺った後、先生は、 こう定義されました。 「(社会人としての)現役とは、 人との交わりのある社会生活を通じて、 社会や人々に貢献する生活が持続している状態。 収入の有無には関係ない。 家事、育児、家族の介護は含まない」 大橋先生は、先日まで入院されておられ、 このセミナーが、 退院後初の公の場でいらっしゃいました。 そんな先生を間近で拝見していた私たちは、 「私たちの身近には、 入院生活をされていても、 ご本の構想、講演の内容を考えておられる 大橋先生のような人がいる」 「今まで学んできたことは、 社会に還元する」 「人生最後の最後まで、 誰かのお役にたてることを考える」 2012年からスタートして13年が経ちました。 あのとき誓った 「10年後も、20年後も、 『食コーチング』を通じて、 人々の健康と生き甲斐をサポートし続けていきたい」は、 今も、継続して続けられています。 あのとき宣言する場があったから、 続けてられているのかも……とも思います。 自分の宣言したことに責任を持たないと……と思い、 このブログを書いていたら……、 都内の特許事務所から 私の肩書きに使っている「食コーチ」の 商標更新期限の連絡をいただきました。 2006年から使い始めた「食コーチ」の商標期限が 2026年で20年に……。 あっというまの20年でしたが、 この商標に恥ずかしくないようにと がんばってきた20年でした。 この契約が更新された20年後は、 私は80代に……。 この研修のように、 ときどきでも自分のキャリアを振り返り、 また前に進むことはたいせつ……だと あらためて感じています。 また、ゲスト講師の大橋先生が 「将来は、先のことではありません。 いまが、将来への第一歩なんです。 きょうが、未来につながっています」 日本大通りの街の風物詩であるイチョウ並木が 黄金色に色づいていました。 イチョウは、長寿の木としても知られています。 「これからも、横浜発祥の『食コーチング』が 多くの栄養士・そして健康支援者のみなさまの心に、 末長く響き続けていただけるように、がんばろう!! 」と、 思った1日でした。 次回、同じテーマで 1月24日(土)に開催します。 今回、ご参加できなかった方、 ご興味をお持ちいただいた方、
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by palmarosaK
| 2025-12-03 10:28
| 食コーチング
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