
大分県日田市は、
かつて徳川幕府が直接治める土地、
「天領」として栄えました。
廣瀬淡窓は、日田で生まれた
江戸後期の儒学者、教育者で、「咸宜園」という私塾を開き、
門弟から高野長英、大村益次郎、
長三洲ら英才を多く輩出したことで有名です。
6歳のときから
習字、経書、漢詩などを学び、
16歳のとき、
九州第一の学者といわれた福岡の
亀井親子に学び、
その上達ぶりは目を見張るものがあり、
淡窓の評判は急速に高まったそう。

18歳のときに、病気を患い故郷の日田に戻り、
その後は師につくことなく、独学で学び、
どの学説にもとらわれず、
独特の学問、思想や人格をつくりあげたそう。
24歳で私塾を開き、
当時学問が士族階級に
限定されていたものを、
教育の門戸開放、
無差別平等、
学問の機会などを唱え、
教育は個性を尊重しなければならないとして実践なさいました。
その淡窓が塾生を戒諭するために作った
「いろは歌」があります。
日田を旅行したときに、
資料館で買い求めました。
淡窓の死後、150年たったいまも、
私の心にヒットし続けています。
たとえば……。
へ:へりくだり、我身の程をよくしれば、
上に登れど人は妬まず。
と:友多き友の中にも友ぞなき
沈むも浮も友にこそよれ。
わ:我身の勝手の筋を言募る者は
評議に加えぬがよし。
ね:ねんごろに教え導く友達は、
師匠に勝る恩といふべし。
む:むつかしと思ふ事をもしてみれば
いつのまにかは安くなるなり……など。
廣瀬淡窓は、
75歳でその生涯を閉じました。
学問が人を作り、
その思想で人が動く。
1人の偉大な人が、
多くの優秀な門下生を作る・・・。

旅をすることで、
多くの収穫があるから嬉しい。
どこか遠い場所に行くだけが旅ではなく、
毎日を「旅モード」にする……。
そう考えると、私たちの日常には、
もっともっと多くの発見や感動があるかもしれません。