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![]() 沖縄・那覇~座間味島(ざまみじま)に出かけていました。 この旅は、 私たちがいつもお世話になっている 大橋禄郎先生のバースデーツアーに、 私たち栄養士も同行させていただいている、 毎年恒例の沖縄合宿です。 昨年は、沖縄・那覇には行けたものの、 台風の余波で、 船舶が欠航となり、 座間味島には行くことができませんでした。 今年は、沖縄6日間滞在中、 すべて快晴。台風の気配がまったくなし、 という、珍しい年でした。 そのような年がどれだけ珍しいかを よく知っているので、 透き通った海、慶良間ブルーといわれる、 真っ青な空と海の色……。 貴重な沖縄での滞在1日1日が愛おしくなるほどでした。 とくに、 座間味島のメインビーチである 《古座間味ビーチ》(ふるざまみ)では、 「ずっと、海の中に入っていたい……」というくらい、 温泉浴をしているような感じになったほど。 何年か前、 このビーチで、 ゴーグルを流されたことがあったなんてことも、 初めてこのビーチにいらした方には、 理解されなかったでしょう。 「え? こんなに穏やかなビーチで?」と……。 2年ぶりのスノーケリングは、 以前ほどの数のお魚には出会うことはなかったのですが、 大橋先生は、そのことを、 こうおっしゃっていたのが印象に残りました。 「以前の座間味の魚たちとは違うね」 「なんだか緊張している感じ。魚たちが」 先生の推測では、 海水浴客に対して、 魚への餌づけを禁じているのか、 魚たちが、以前ほど人間に反応しなくなったのかも……。 そうはいっても、 座間味が初めての方は、 こうもおっしゃっていました。 「こんなに魚がいて驚きました。 かわいいというより、怖いくらい~」 そう言って、近づく魚を手で追い払ったりする人も……。 海には、初日、翌日、翌々日と、 4日間滞在中、3日間、 ずっと海にいました。 1週間いて、「1日も、海に行けなかった」 という経験もしていたので、 今回の旅は、最初から最後まですべてラッキーでした。 古座間味ビーチの「海の家」で 浮き輪などのレンタルをなさっている男性が、 「みなさん、どういう関係の方々なんですか」と、 聞いてくださったので、 「栄養士です。全員」と伝えると、 「え? ボクの彼女も栄養士です!! いまは、他県で、保育園の栄養士をしているのですが、 11月から、彼女も座間味にきて、 一緒にここで仕事をすることになるんです」 などという話になり、大盛り上がり。 島に1軒しかない、スーパーで買い出しをして、 夜遅くまで、おしゃべりをしながら、 また、次の日も海に……という生活は、 とてもぜいたくな気持ちにさせてくれました。 だからでしょうか。 この島には、 本州(東京や横浜、大阪)から移住される方も 少なくないとお聞きしました。 その座間味島にも 悲しい歴史がありました。 座間味村・座間味島では、 80年前の戦争で、 大勢の方々がお亡くなりになったそうです。 総務省による「座間味村における戦災の状況」によれば、 「1945年(昭和20年)3月26日、 猛烈な空襲と、四方八方の艦砲射撃が続く中、 午前8時04分に米軍が、阿嘉島に上陸。 これが、沖縄戦における、米軍上陸第一歩となった。 同日、8時25分に慶良間島(けらまじま)、 9時ちょうどに、座間味島、 午後1時45分に、屋嘉比島(やかびじま)へ、 圧倒的な戦力をもって わずか数日で島々を占拠。 米軍の上陸を知った住民は、次第に追い詰められ、 自決を余儀なくされた。 座間味島では、234人。慶良間島では、53人。 屋嘉比島では、2家族が『集団自決』の犠牲になった」 座間味島にある座間味小中学校の裏手にある、 「慰霊の塔」では、慶良間戦での犠牲者 軍人、民間人会わせて1200余柱が、 平和の守り神としてまつられている。 毎年、3月26日には、ここで慰霊祭が行なわれるとのこと。 たった80年前に、 そのような悲しい出来事があったことを、 この旅の主役である、 大橋先生に伺ったことが何度かあります。 大橋先生が50年前に座間味に初めていらしたとき、 座間味島のおばあたちから 「あの海を埋めつくすほどの米軍の軍艦の数に怖くなった」 という話をお聞きになったことがあるとか。 ダイビングやスノーケリングでご縁があった島が そんな歴史があったのだ……ということを、 これまでも経験したことがあります。(トラック島)。 自分1人では、行くチャンスがなかったであろう、 「座間味島」。 2年ぶりに伺えてほんとうにラッキーでした。 (晴れていたとしても、 波が少しでもあると、船が欠航になるため) 昔と「ちがう」と感じるところは、 ヨーロッパからの観光客が 以前も多かったけれど、さらに多くなっていること。 外国からいらした観光客のための「バー」が 複数できていたこと、 民宿だったところが、おしゃれなホテルに変化していること。 レストランが、以前より多くなっていること。 座間味島には3泊4日。 4日間、座間味をおおいに堪能しました。 私たちをご案内くださる大橋先生は、御年89歳。 ご体調がすぐれないときがあったとしても、 「海にくれば元気になる」先生。 89歳の現役のスノーケラーは、 全国でもそんなに多くいらっしゃらないのではないでしょうか。 参加者全員が栄養士というだけあって 宿の食事、お外でいただく食事、 スーパーでいただく中食、 すべてが、好奇心旺盛のお仲間との旅だったので とても楽しい沖縄ステイでした。 どの外食店に伺っても 「これってどういう料理なのかな? 食べてみようよ」 「おなかいっぱいだけれど、 この料理気になるから頼んでいい?」 などなど、 まだ出合ったことのない、未知の料理に みんな興味津々♬ 「食」に関する好奇心が全員一致しているので 「私、小食だから……」「糖質制限しているから食べない」 などという人がいないことも、さすが栄養士。 旅先での「食シーン」が、 自分の誇るべき記念になることを、 よくわかっておられるお仲間の旅は、 とても快適でした。 沖縄にはご縁があります。 航空会社時代、 ラストフライトのステイ先が沖縄でした。 そのとき、こう思ったものです。 「このフライトが終われば、沖縄に来ることはないかも……」 ところが、栄養士になってからは、 沖縄には毎年のように訪れている……。 30代の最後の歳の2005年に、 沖縄・座間味に初めて連れて行っていただき、 20年になりました。 あのとき、勇気を出してみて「よかった~」と、 思います。 「私もご一緒させていただけませんか。 先生がたとご一緒だったら、 きっと、私も楽しいと思えると思うんです。 私もお仲間に入れていただけないでしょうか」 沖縄本島までは、 自分1人でも行くチャンスはありましたが、 「座間味島」には、 誰かとご一緒でなければ、 伺うことはなかったでしょうし、 「座間味」という名前も知らないまま、 人生が過ぎていたことでしょう。 座間味島という島に出合えたこと、 座間味島に住む人たちに出会えたこと、 毎年伺うたびに、「影山さん、いらっしゃい」 と、名前で呼ばれる環境になれたこと、 スノーケリングやダイビングの楽しさを 教え続けてくれる大橋先生に出会えたこと、 そして、毎年、沖縄の旅をエンジョイできる 栄養士仲間たちに出会えたことに、 感謝した5泊6日でした。 沖縄滞在中、 大橋先生の89歳のバースデーを 座間味島と那覇市内の2か所でおこないました。 80代後半の人生に、いつものように、 淡々と、そしてチャーミングで謙虚な先生。 私の30年後の人生も「こうありたい……」と、 思わずにはいられません。 来年も、 大橋先生の90歳のバースデーを
by palmarosaK
| 2025-10-27 00:11
| 座間味島
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